ニャオニクスな日々

夫婦でポケカやっています

ポケモンカードはインフレしているのか~カードスペックからゲームデザインを考える~

1. はじめに

最近こんな声を聞きます。「ポケモンカードがインフレしている」と。

確かにタッグボルト発売以降、環境はまたしても巨大なGX同士が殴り合う世界へと揺り戻しが起きています。HP240がエネ加速付き3エネ150で殴ってきたり、はたまたHP300が5エネ180で殴ってきたり。

とはいえワザのダメージが大きくなったからと言って単純にそれをインフレと呼べるのか。ワザのダメージが2倍になってもHPが2倍になったらそれはインフレではないのでは?(厳密な意味でのインフレはいったん忘れて下さい)

そして何より、TCGにおいてカードのインフレ化はメーカーにとって諸刃の剣です。新しいカードを強くすれば短期的な売り上げは上がるものの、既存プレイヤーの資産=過去のカードの価値を毀損します。もしポケカがインフレしているとすれば、そこにはリスクを負ってでも実現したい何らかゲームデザイン上の狙いがあるはずです。

そんなことを考えて、1年ほど前、なにものかさん主催のポケカプレゼンオフでこんなプレゼンをしてきました。

旧裏第1弾からサンムーンシリーズの前半まで、ポケモンカードにおけるポケモンの技とHP、必要エネルギーの平均値を取り、本当にポケモンカードがインフレしているのかを調べています。またそれだけでなく、数字の変化を通じて、ポケモンカードがどのようなカードゲームを目指しているのか、ゲームデザイン面での考察にまで踏み込んでいます。

今回はこちらの資料に加え、タッグボルトで登場したTAG TEAM GXについても少しだけ考察をしてみたいと思います。

以下、プレゼン資料を読むのが面倒!という方向けに、資料の要旨をまとめています。読んだ方やプレゼンオフ参加されている方は飛ばして下さい。

※基本的にプレゼン時=2017年11月時点での情報になっており、サンムーンシリーズに関する記述は1年古いものとなっています 

2-1. インフレについて
結論から書くと、ポケカはインフレしています。プレゼンでは、直接比較可能な旧裏第1弾(1996年)と20thアニバーサリーパック(2016年)の共通登場ポケモンを比較しています。例えばリザードンに代表される2進化ポケモンは、1エネあたりのワザの効率が20年でほぼ2倍改善しています。

では何をもってインフレとしているのか。以下資料で説明しているインフレの定義と使っている指標です。

f:id:klov:20181218211212j:plain

f:id:klov:20181218211225j:plain

クロックはポケカだと耳馴染みの無い言葉です。例えばHP160の相手ポケモンに、自分のポケモンが80ダメージ与えられる時、相手をきぜつさせるまでにワザを使う回数は160÷80=2、クロック2となります。仮にポケカのワザの威力が昔より上がっていても、HPも同程度に上がっていればこのクロックの数字は変わりません。クロックが変わらなければ表面上の数字が変わっただけで、ゲームとしては何ら変化が起きていないと考えられます。

また仮にクロックが昔と比べて半分になっていた、つまりHPの上昇に比してワザのダメージが2倍上がっていたとしても、ワザに必要なエネルギーも2倍になっていたら、相手ポケモンを倒すのに必要な時間は結局変わりません(エネ加速等の話はいったん抜きにします)。

以下はHP160のポケモンに対し、2エネ80のワザと4エネ160のワザを使った場合のC/Eです。

160÷(80÷2)=4
160 ÷(160÷4)=4
どちらも同じになります。見た目のクロックが違っても、エネルギー効率が変わらない場合、ゲームとしては本質的な変化が起きていないと考えられます(実際には2エネ80の方が早く倒せるのですが、今回は簡略化のためにこういう形にします)

以下が旧裏第1弾と20thアニバーサリーにおけるC/Eの比較です。

f:id:klov:20181218202610j:plain冒頭に書いた通り、ポケモンカードは20年間でサイドカードを取るテンポ=ゲームのテンポが1.5倍~2倍程度高速化したと言えます。言い換えれば、「より少ないエネで、より高いダメージを出せる」ように進化しています。これは明確にインフレと言えるでしょう。

2-2. ゲームデザインの変化について

一方で別の発見もありました。非最終進化系のポケモンはむしろ弱体化の傾向が見えたのです。例えばコラッタヒトデマンは、明らかに旧裏第1弾の方がワザの効率面で優れています。全体で見ても、上記のスライドを見ると、非最終進化系のたねポケモンは若干C/Eが悪化しています。他がそれこそ2倍改善しているのに比べると、明らかに全体のトレンドに反しています。

この事実からは、旧裏第1弾の時点では非最終進化系のポケモンも戦うことを想定してデザインされていたことが推測できます。逆に、現代のポケモンカードは非最終進化系のたねが相対的に弱体化しており、最終進化系で戦うことを想定したデザインと言えます。

まとめると、旧裏第1弾と20thアニバーサリーの比較からは、以下のようなゲームデザイン上の変化が見てとれます。

  1. より速いテンポでサイドカードを取れる
  2. より最終進化ポケモンが活躍する

ではこの2つをゴールとした時、20年の間にポケカはどのように発展してきたのでしょうか。

ゲームデザインの観点からは、以下の3つの方向性が考えられます。

a. 最終進化系を直接場に出せるようにする(2の実現)
b. 最終進化系を強くする(=インフレ:1と2の実現)
c. 最終進化系を揃いやすくする(=サーチの強化:2の実現)

結論から書くと、この3つの方向性は2008年のDPtシリーズまでに実現されています。以下のスライド資料がこの説明に該当します。

f:id:klov:20181218201352j:plain

要は10年前に1度ポケカはある意味で「完成」しているのです。そして1度完成されたゲームデザインを2010年のBWシリーズでリセットし、やり直している。つまり今のポケカは2サイクル目にある、そう考えることができます。これをプレゼンの中ではポケカの2サイクル理論と呼んでいます。

まずaは1999年発売のひかる伝説、2001年のVSシリーズにおいて早くも実現しています。ひかるギャラドスなどの一部のひかるポケモンや、マツバのゲンガーなどリーダーのポケモンがそれです。

bはADVシリーズからPCGシリーズにかけてのexポケモン、DP以降のLV.Xポケモンにおいて実現されています。

cはPCG~DPtにおける強力なサーチカードの存在が挙げられます(ハマナのリサーチ(今のポケモンだいすきクラブの上位互換)やゴージャスボールなど)

また詳細は資料を見て頂きたいのですが、exポケモンやLV.XにおいてC/Eはインフレの傾向を見せており、速いテンポでサイドカードを取る方向性もきちんと実現されています。

ではなぜ10年前に「より速いテンポでサイドカードを取る」「より最終進化系が活躍する」というゴールにたどり着いたはずのポケカを1度BWでリセットしたのでしょうか。

それはゲームの複雑性が上がったからだと考えられます。このプレゼンオフの主催でありポケカ会きっての生き字引であるなにものかさんはDPtごろの環境についてこう書いています。

ドローやサーチのギミックにトラッシュを要求しないものが揃っているお陰で、緻密な構築と緻密なプレイングが要求される。
恐らく史上最高に複雑かつ高度化した玄人向きのゲーム。
いっそ素人にはわからなくてもいい。
できればわかってほしい。
めっちゃ楽しい。

出典:ニモノート

他にもこの時期にプレイしていた方に話を聞くと、似たようなエピソードが帰ってきます。ゲームとしては完成されている一方、うまく盤面を作るにはある程度の習熟が必要となる。ビギナーにとってやや参入しづらいゲームになっていたのかもしれません。

実際、BWからサンムーンにかけては、a(最終進化を直接場に出せるようにする)がポケモンEXで実現され、b(最終進化の強化)がGXやBreak進化でなされます。当然、C/Eはインフレしており、サイドを取る速さが旧裏第1弾の2倍以上になっています。一方で(プレゼン当時=2017年11月時点では)サンムーンシリーズのトレーナーズは貧弱で、以前ほどピンポイントでカードを山からサーチして臨機応変に盤面を構築するゲームではなくなりました。

プレゼンの中では、いったん以下のように結論づけています。

f:id:klov:20181218203538j:plain

3. TAG TEAM GXとこれから

ちょうどプレゼンオフから1年が経ち、色々と変化が起きています。マグカルゴジラーチポケモン通信、マサキの解析など比較的強力なサーチカードが出てきており、「ゲームが再度複雑化するのを避けるため強いサーチカードはしばらく出ないのでは」とした1年前の予測はやや外れ始めています。一方でTAG TEAM GXは動き出すと手がつけられないスペックとなっており、特に直近で使用率が最も高いであろうピカチュウゼクロムGXは、強化されつつあった非GXポケモンたちをあざ笑うかのようなパワーを持っています。これは「強いたねポケモンを出して殴る」という第2サイクルの初期=BWのコンセプトに戻ったかのようにも見えます

この一見すると相反する2つのトレンドが何を意味するのかは、僕自身もまだ考えが整理できていません。直近で使われているデッキを見ると、サーチカードを駆使して相手に併せた盤面を作っていくのはサンダージラーチ系統、ルガゾロ系統です。環境にいるアーキタイプの数からすると少数派ですが、いずれも様々なシーンで結果を残してることを見ると、その存在感は大きなものがあります。一方でズガドーンアーゴヨンやレックガノンフシギバナセレビィなどメインアタッカーがひたすら前で突っ張る典型的なビートダウン系のデッキも数多く存在します。これらの事実は、もしかすると「複雑な動きのデッキとシンプルな動きのデッキの共存」という、実に理想的な環境の萌芽なのかもしれません。

もちろんまだTAG TEAM GX環境は始まったばかりで、今後どのような変化が起きるかわかりません。ユーザーの拡大に商品や大会の供給が追いついていない問題もあります。が、このようにして20年という長いスパンで見ると、実はポケモンカードは今一番面白い状況にあるのではないか。そうした希望も少し見えてくる気がしています。ぜひこれが「単なる希望的観測ではなかった!」と言える2019年が来ることを望んでいます。